バルビツール酸系薬剤が睡眠導入剤の主流であった眠剤市場に、ベンゾジアゼピン系薬剤が登場した数十年前ならいざ知らず、今でもこんな事を書けるのかと驚きます。確かに自殺にも使われ、致死率が高いバルビツール中毒と比べれば、ベンゾジアゼピン系薬剤はバケツ一杯飲んでも死ぬことは無く、安全ですが、そもそも現在は比較となる危険な睡眠導入剤が存在しない時代です。
日本は世界的に見ればベンゾジアゼピン乱用大国であることは広く知られた事実です。私はこの国で覚醒剤や麻薬、脱法ドラッグなどによる中毒性薬剤嗜癖の問題があると言われながら、それほど蔓延したように見えないのは、合法的ベンゾジアゼピン乱用があるためではないかと疑っています。
この系統の薬剤は催眠・鎮静・抗不安・抗けいれん・筋弛緩・健忘作用を持っており、その特長を生かして臨床に用いられてきました。多くの会社から様々な商品名で出されており、一見、全く違う薬のように思われますが、活性中間代謝産物の多い長時間作用型か、体内の脂肪組織などに再分配されて血液中から消失しやすい短時間作用型化に分けられているに過ぎません。あるものは睡眠導入剤として、またあるものは抗不安薬として適応症が決められていますが、根本的には同種薬剤なので、組み合わせればそれぞれの作用が増強されることになります。
この薬で最もやっかいなのが耐性(慣れ)の問題です。ほぼ全ての人に対して催眠・鎮静・抗不安作用を示しますが、常用すると慣れてしまい、効かなくなってきます。以前は1錠で眠れたのに、2錠ないと眠れない、あるいは1錠で不安が収まったのに今では2錠必要だとなるわけです。増量すれば効果は増しますが、減量するのは他の薬よりも困難で技術を要します。多量になると酩酊感や多幸感を伴い、アルコールと併用するとこれが増強するなど、薬剤依存になる温床が潜んでいます。
長時間作用型を使うてんかんの患者さんに対しても同様で、初期に発作が抑制されてもこれが持続せず、結局は継続使用できない場合も少なくないため、効果が一過性であれば多量になる前に見切りをつける必要があります。
高齢者に使う際は筋弛緩・健忘作用に注意が必要です。夜間にトイレに行く際、足腰に力が入らず、脱力して転んでしまい、腰の骨(大腿骨頭)を折る事故につながる可能性が高くなります。お年寄りが寝たきりとなる大きな原因です。また、昨日のことを思い出せない、呆けたのではないかなどと指摘されることが多くなります。抑制を欠いた言動が増える場合もあります。
米国ではベンゾジアゼピン系薬剤は限定使用で一過性に使う以外は持続的使用に適さないとされ、継続的使用はてんかんなど一部の用途で例外的とされます。依存性のある薬剤は治療薬と見なさないという立場です。社会的に乱用された既往があるため、海外旅行では日本からの持ち込み禁止となっている薬剤があるという事実は意外に知られていないようです。
海外から再三指摘されたこともあってか、厚生労働省もベンゾジアゼピン系薬剤の使用抑制にようやく重い腰を上げたらしく、最近、抗不安薬、睡眠導入剤などとしては2種類以上を使用しないなどの抑制策が採られるようになりました。ただ、この種の薬剤は内科などの診療科で投与されていることも多く、複数の診療科にかかっている患者さんでは注意が必要です。医療情報のIT化に伴ってこうした規制は必然的に強まるでしょう。