てんかんにおける精神・行動障害
てんかんの随伴症状としての精神障害
てんかんに伴う諸問題、いわゆる随伴症状と言われるものは、運動障害、発達障害、認知機能障害、精神障害、社会的障害、頭痛、睡眠障害、生殖機能障害、事故、骨粗しょう症、心血管障害など色々あり、どう分類するかも人によって異なります。海外の文献では、精神障害はてんかんの随伴症状の二~四割に認められるとされます。
今回は大きく、てんかん発作と直接関係のあるものとないものに分けて話を進めます(図5)。発作と直接関係しないものを先に、発作と直接関係あるものを後で話すこととします。個人の特定には結び付かない、年齢・性別等を変えた症例で話をします。
てんかん発作と直接関係しない精神・行動障害
症例① 抗てんかん薬の副作用
三十七歳の男性。六歳の時に交通事故で右の側頭部を強打し意識不明となりました。一過性の左半身麻痺と知的障害を遺して回復しました。十三歳時に全身けいれんでてんかんを発症。全身けいれんと、意識がボーッとする複雑部分発作を月単位で繰り返すようになりました。二十歳後半から吃音(どもり)、食欲低下が徐々に進行して、三十四歳時から誰もいないのに人の声が聞こえる幻聴が出現、三十六歳時、「死ね、バカ、帰れ」などの幻聴が頻発したため、当院を初診しました。脳波は基礎波が非常に遅く、脳機能の低下が示唆されました。心理検査は軽度知的障害。頭部MRIでは交通事故の受傷による脳損傷以外にも異常が認められました。入院時に飲んでいた薬はアレビアチン、フェノバール、テグレトール、デパケンR、エクセグランの多剤高容量で、いずれも有効血中濃度でした。この五剤を継続的に十年以上飲んでいました。
直ちに、エクセグランを中止し、テグレトールを残して他剤も徐々に中止しました。これに伴って幻聴はなくなり、どもりも消失し、言葉が活発化して、自発性が見られるようになりました。全身けいれんは悪くなったかというと逆に消失し、意識がボーッとするような短時間の発作も数カ月から一年に一度に激減。その後、社会的に安定し、グループホームで生活しながら障害者として農家で働いています。現在、三年以上これを継続中で、劇的に良くなった一人です。
五つ飲んでいた薬は、一つだけになりました。このような、薬による問題は少なからずあります。精神症状をきたしやすい抗てんかん薬はいろいろなものが知られています。この事例の場合は、エクセグラン(ゾニサミド)でした。最近でもてんかんセンターに幻聴・妄想・抑うつなどの問題を起こして入院する半分近くはこの薬が原因です。もちろん、エクセグランを飲んでいる全ての方にこの副作用が出るというわけではありません。効果と副作用には非常に大きな個人差があるからです。
同じように、アレビアチン、ヒダントール系の薬でも、イライラや焦燥感、不安でじっとしていられないというようなことが起こります。フェノバール、プリミドンは眠いということもありますが、認知機能が低下して頭の働きが非常に遅くなります。リボトリール、マイスタン、ベンザリンなどのいわゆるベンゾジアゼピン系の薬は、抑制を欠いた行動をきたすことがあります。最近の薬では、トピラマートは200㎎を超えるとかなりの頻度で認知機能障害が起こります。
精神科では躁うつ病の薬としてよく使われる薬もあります。とくにうつ病の薬としてよく使うテグレトールとバルプロ酸、いわゆるデパケンには情動安定化作用があるとして、気分安定化薬と呼ばれています。最近発売されたラミクタールにも情動安定化作用があると言われますが、今後次第に明らかとなってくるでしょう。
てんかん発作を抑えるだけでなく、こうした薬を上手に組み合わせると、最小限の薬で精神症状を抑制することができる場合があります。
てんかんと高次脳機能障害
次に、発作と直接関係しないものの一つとして、高次脳機能障害のお話をします。局所の脳機能障害、頭の一部の機能が低下することによって出てくる障害です。本来、何十年も前から有名な話として、失語・失行・失認などの現象があります。
しかし、最近では、高次脳機能障害は、些細な交通事故で頭をちょっと打っただけ、血管障害で脳内出血をしただけで、その後、かなり深刻な問題をきたした場合に使われます。例えば、全く物が覚えられない、物事をやろうと思っても気力が出てこない、一つずつ何か仕事をしようと思っても、理路整然と順番通りに行なうことができない。そういうことが今、社会的に問題となっています。現在、そういうものを含めた行政的な高次脳機能障害の定義があり、それによると記憶障害・注意障害・遂行機能障害、社会的行動障害を含めて高次脳機能障害といいます。社会的行動障害が特に強調されていますが、てんかんの患者さんは昔からこういう問題と関わってきました。
(失語・失行・失認)
失語・失行・失認という旧来の医学的な問題です。言語表現力の低下の問題があります。話したいことはあるが、スムーズに流暢に話すことができない、相手の話を聞いてもイマイチ良く分からない、という患者さんがいます。これはてんかんの患者さんの中によくいます。日常動作が非常にぎこちない。道具が上手く使えない。空間認識力が低下し、たとえば右左をよく間違いたり、左側にあるものをいつも無視して、何かにぶつかり、初めて気づかなかったことが分かる。計算が非常に苦手で、何度計算しても数が合わない。こういう障害をもっている方がかなりいます。
(記憶障害)
記憶の問題としては、新たにものを記憶することが難しい場合と、過去の記憶を思い出すことが難しい場合があります。より問題となるのは、新しく記憶することが難しい、何かを覚えようと思うが一度に覚えられず、すぐに忘れてしまうことです。人の名前、物の名前、どこに物を置いたかすぐに忘れてしまいます。一日中物を探しているという患者さんもいます。過去の記憶が思い出せない例としては、確かに自分の奥さんとあの時に旅行に行って、写真はあるが、その時のことが思い出せない、分からないという方もいます。
それらの結果として、新しいことを覚えられないために、何度も同じことを質問してしまいます。「さっき言ったでしょ」と言われて、しつこいので怒られてしまいます。ところが患者さんには記憶がないので、「教えてもらってない」と怒ってしまいます。それは事実であり、また事実でありません。他の人にとってはしつこいのですが、患者さんの頭の中に記憶が残っていないので、しつこくしているつもりはないのです。
(注意障害)
注意欠陥障害(ADHD)の中でも問題になることですが、一つのことに集中できません。勉強をしよう、仕事をしようと思うが、何度も同じことを繰り返してやってしまい、先に進まなかったり、気が散ってしまう。最終的には学習障害(LD)に通じます。
(遂行機能障害)
計画的に行動することができない、物事の段取りができない障害です。Aをやって、Bをやって、Cをやって次は何をするんだっけとか、Aに戻ってしまったり、わけがわからなくなってしまいます。簡単に言うと一つの流れの中で仕事ができない。これは非常に多いとされています。
(社会的行動障害)
意欲・自発性が低下する人が居ます。何もしないで一日中ボーッと過ごすことに何の矛盾も感じない状態です。
また、情動のコントロールができない人が居ます。小さなことにすぐにカッとなったり、暴力が出る。被害に遭いやすいのはご家族で、特にお母さんは叩かれてあっちこっち痣だらけの人がいます。これとは正反対で、すべてに対して深刻味がなく、熱心になれない。それが普通なのだという行動をする場合があります。一方、食べ物に対する欲望が抑えられないで、肥満で困っている方もいます。金銭に対する欲望が抑えられないで、お金があると何でもかんでも使ってしまう人もいます。
これらの結果として対人関係の障害が出てきます。場をわきまえない。人と人との距離を保って話ができない。話すべきでない、こういうところで言うべきでないところで唐突な話をしてしまう。
何でもかんでもやってもらおうとする依存的行動や、赤ちゃん返りの退行ということもあります。
こだわりが強くて固執する、言い出したらきかないということもあります。うまくいかないと全部人のせいにしたりします。
一番困るのは病気意識の欠如です。自分は病気という意識がないので治療に対する意欲がありません。「結局どうなりたいの」と言われるくらい、自分の病気のことを考えようとしません。
症例② 側頭葉高次脳機能障害
側頭葉てんかん、高次脳機能障害の三十二歳の女性です。十歳時、悪心、頭痛が頻回に出現するようになりました。悪心とは気持ち悪くなることです。小児科医が、自律神経失調症と診断し、てんかんは長らく放置されました。美容専門学校を卒業して美容師として就職したのですが、対人関係でトラブルを起こすこと多く、一つの職場に長く居られません。二十歳ごろから特に情動が不安定になり、仔細なことで怒ったり、爪で自分の体を傷つけたりを繰り返しました。二十六歳ごろから気持ちが悪くなる前兆が頻回になり、しばしば意識が途切れるようになりました。精査で受診した病院で脳波検査中に発作が出現し、てんかんと診断されて、抗てんかん薬の投与が開始されました。しかし病状は改善せず、腹を立てて治療を中断してしまいました。薬を飲まなくなり、父親が心配して当てんかんセンターを受診させ、入院となりました。入院中に右側頭葉から始まる発作時脳波を伴うてんかん発作と判明し、診断が確実となりました。
すぐにテグレトール投与量の調整を開始。前兆を含む発作は減少しました。ところが明らかに発作とは別に、執拗に不調を訴えます。朝から主治医が何回も病状を説明しても納得せず、突然「我慢できない」と泣き叫び、退院してしまいました。その後、外来で診ていますが、意識消失する発作は皆無となり、胸部不快感の前兆は月単位で出現するだけとなっています。ここまで来ると一応、てんかんの治療は終わった形になります。
しかし、母親との感情的トラブルが絶えず、単身アパートでの生活になりました。しばしば抑うつ的になり、感情的爆発を起こして、周囲の人とトラブルを繰り返します。就職活動も思うように進みません。この方の場合、側頭葉機能障害で感情のコントロールができないことが問題です。この感情的な動揺を、どうコントロールしていくかが社会生活を考える上での課題となります。
症例③ 前頭葉高次脳機能障害
前頭葉てんかん、前頭葉機能障害の二十四歳の男性です。五歳時に肺炎と共にけいれんがありました。十六歳の時、寮生活で生活が乱れがちになり、けいれん発作が数カ月に一回出現するようになりました。治療を始めたのですが、不規則服薬と睡眠不足のため発作が改善せず、十八歳の時に初診となりました。以後、二回入院を繰り返しています。
前頭部を中心とする脳波異常がありますが、知能は正常で他に所見はありません。アレビアチン単剤で発作は消失しました。しかし退院後、数カ月に一回の頻度で全身けいれん発作を起こし、改善はみられません。原因は全て怠薬と睡眠不足です。二十二歳で就職し、給料で連日友人と夜遊びして、しばしば朝帰りを繰り返しました。職場で発作を起こして転倒し、顔面に怪我をしたりします。深夜に飲酒してけいれん発作重積状態になり、搬送された病院で朦朧状態となり、大声で暴れたために強制退院となりました。しかし、その後もまるで他人事であるかのようで、全く悪びれたところがありません。知的には問題なく、普通に生活し、仕事をし、給料をもらえる能力はあります。両親が心配してノイローゼになっても本人の怠薬、睡眠不足という行動は改まりません。これが問題です。
自分が置かれている状況を認識できない。毎月外来に来て、血中濃度を測定することで薬を飲んでいるか否かをチェックしていますが逸脱行為は続いています。この問題は何も解決していません。
症例②は側頭葉てんかんで、昔から性格傾向として、しつこい、くどい、怒りっぽいと言われてきた、いわゆるてんかん性格です。しかし、よく考えるとこれは性格として考えられるべきではなく、側頭葉の持続的な障害なのです。てんかんの障害は、てんかん発作を起こすだけではありません。側頭葉は記憶・感情の中枢です。感情の中枢に長い期間ダメージを受けると、側頭葉の高次脳機能障害が出てきます。くどい・しつこいのは記憶の中枢が障害された結果です。
一方、症例③は前頭葉てんかんです。前頭葉は思考・判断の中枢です。この症例の場合、発作がなくても長年の発作の結果、あるいは発作を起こす原因と同時に前頭部に障害があると考えられます。自分がどういう風に判断すべきか、どういう風に理解すべきか、に障害を受けています。深刻味がなく、表面的で覇気がなく、他人事のように対応する。これらは、性格の問題と一言で片付けるべきではなく、前頭葉の高次脳機能障害と考えるべきです。